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四壱さんの昔話「闘病」 

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病院で薬を貰い、家に帰る。
その頃住んでいたのは、春日井市の店舗付住宅。
実は私は元・整体師。独立して店を構えようと意気込んだものの・・・プレッシャーに耐え切れず道をあきらめたクチです。いわゆるへたれですね。
広いし家賃も高くないのでそのまま住んでました。

家に帰ると、即座にダンボールをかき集めて小屋を製作。
小さめのダンボールに、トイレ砂・ベッド・エサ置き場と3色弁当のように横並びに作り、且つそれぞれの段差をほとんどないように作りました。
そして上には100均で売っているワイヤーネットをかぶせて完成。狭いものの、機能的。
痛み止めの粉末薬を混ぜた子猫用猫缶を与えると、しばらくして落ち着いて眠ってくれました。
「名前を名付けないと不便だな・・・」
私は暫定的な呼び名として、41号線で拾った事もあり「四壱(よいち)」と名付けました。

そして恐らく、この子は二度と歩けないだろうと覚悟していました。
それというのも、彼女は人に慣れておらず、逃げようと動き回ってしまうからです。
これでは悪化してしまうと思いつつも、薬や世話の際は近付かなければなりません。
しかも車がとにかく嫌いで(当たり前ですが・・・)、仕事の際は家に置いていくか、連れて行っても暴れてしまいます。

そんなこんなで2週間ほど経ち。
私も世話にもう慣れて、食事・投薬・宿便なども一通りこなせるようになった頃、四壱さんに変化が出てきました。ずっと私に慣れてくれなかったのに、いつの間にか私がいないと鳴き、一緒にいると安心して寝るようになってたのです。
一応、彼女なりに私を世話役として認めてくれたという感じでしたねー・・・。
たまに手を突っ込んで、脚に負担にならない程度にジャレさせて遊ぶようになりました。
夜は寝室まで小屋を運び、横に置いて寝るようになりました。
やっとこの辺で『家族』になれたような気がします。
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テーマ: 愛猫との日々

ジャンル: ペット

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